先生ブログ
七夕にまつわるお話<前編>
坂本英司(木崎校舎塾長)
2015年07月07日 23:53
こんにちは。
坂本英司です。
本日は七夕ですね。
みなさん、短冊に何か願いごとを込めましたか?
私の願いごとは・・当教室に来てからのお楽しみです(笑)
今回は七夕にまつわるお話をします。
長くなりそうなので、前編と後編に分けて記載します。
<前編>
みなさん、七夕って「たなばた」と読みますよね。
よく考えてみると不思議に思いませんか?
実はこれ、いわゆる当て字なんです。
七夕の語源は飛鳥~奈良時代まで遡り、『古事記』にある「多那婆多」や、
『日本書紀』にある「多奈婆多」(=棚機:たなばた)だと言われています。
日本には特別な織物を作る女性を「棚機女」(たなばたつめ)と呼び、
天から降りてくる神様に捧げる織物を作らせて豊作を祈る習慣がありました。
この習慣が中国から伝わった七夕の伝説と絡み合っていきます。
七夕の伝説は中国が漢の時代まで遡ります。
天の神様である天帝(てんてい)には、
機織(はたおり)が上手な織女(しょくじょ)という娘がいました。
しかし、彼女がイケメンの牽牛(けんぎゅう)に一目ぼれして結婚してからは、
イチャイチャしすぎて機織をサボるようになってしまいました。
これにパパは激怒(〇げきど、×げきおこ)、
牽牛を銀河の対岸に別居させてしまいました。
ところが、それからというもの織女はずーっとメソメソしているので、
仕方なくパパは1年に1度、七月七日の夕方にだけ会うことを許しました。
それからは、毎年この日になると牽牛はせっせと天の川を渡って
織女に会いに来るようになりましたとさ、めでたしめでたし。
という感動的な?お話です。
<参考用例>
イケメンに向かって「あの人マジ牽牛!機織ってる場合じゃない!」
中国では七夕に織女と牽牛を祀って裁縫の上達を祈る
「乞巧奠」(きこうでん)という行事が行われてきました。
これが日本に伝わり、棚機女の習慣と出会い、
織姫星(おりひめぼし)と彦星(ひこぼし)の話として定着したと考えられます。
この行事が徐々にいろいろな願いごとをする行事に変わり、
現代まで途切れることなく続いてきたのです。
ちなみに万葉集には100首を優に超える七夕の歌がありますが、
そのほとんどが男女の恋の歌です。
昔も今も人の悩みは変わりませんね(笑)
この織姫星・彦星・天の川は実際に夏の夜空で観測できます。
織姫星はこと座のベガという1等星(※)、
彦星はわし座のアルタイルという1等星です。
ちなみにこの2つの星は、はくちょう座のデネブという1等星と合わせて
「夏の大三角」と呼ばれます。
七夕の真夜中にはこの星たちの輝きをバッチリ見ることができます。
と思って外に出て見上げたらお空から大量の目薬が・・・ガッカリ(*_*)
でもおかげでお目目パッチリ(゜_゜)、、やかましいわ(笑)
ところで、この天の川、いったい何でできているのでしょうか?
(後編に続く)
※ 肉眼で見える最も暗い星を6等星と呼び、
その100倍の光量の星を1等星とする。
1等星~6等星までの等級の差が100倍になるよう、
光量が2.512倍増すごとに等級数を1減らす。
1等星よりも更に光量が2.512倍増すと0等星、
それ以上に光量が増すとマイナス等星になる。
<等級の例>
太陽:-26.7
満月:-12.7
ベガ:+0.03
冥王星:+13.65
ハッブル宇宙望遠鏡で観測できる限界の天体:+31.5
これらは地球から見える星の明るさを指すため、
星が移動したり爆発したりすると等星も変動する可能性がある。