先生ブログ
バトンブログ~あの先生~ BY中山
代表
2013年09月30日 16:34
どうも こんにちは 中山です。
運動会皆さんお疲れ様でした。いつもとは違うみんなの頑張る姿、学校での姿が見られて、とても楽しかったです。
白幡中、内谷中、南浦和中、あとは辻南小の皆さんも、お疲れ様でした。先週は文蔵小の運動会も見てきましたが、皆頑張っていましたね。
今回はお昼から私立高校説明会があったので、来年は全部見たいですね。
さて、久々にバトンブログを回そうと思います。今回ブログのテーマにさせてもらうのは、「あの先生」です。
私も今は駿英で先生をしていますが、私も含め他の先生達もみんな昔は生徒でした。その時の自分にとって
「あれは良い先生だったな」
「あの人のあの一言があったから、頑張れたな」
という自分にとっての「先生」の原型になるような出会いが、私だけでなく、他の先生達にもあったはずです。そこら辺を今回のバトンでは書いてもらおうと思います。
トップバッターの私が初めに思い起こす「先生」は、学校の先生でも塾の先生でもありません。地元の少年野球チームのコーチだった「吉田コーチ」の記憶が自分のなかでの「指導する人間」の原型になっています。
野球を教えてもらっていたのは小2~小4の低学年の3年間でしたが、記憶の中のコーチは 野球を教えていもらっていた時の姿ではなく、
小学校の運動会に毎年顔を出してくれていた姿を思い出します。
中でも強く記憶に残っているのは、6年生の運動会の時です。騎馬戦で勝負がつかず、大将戦になり、勝った私と、負けた(野球のチームメイトでもあった)友人とを見つけて、コーチが歩み寄って来ました。
「二人とも良かったぞ!ケンタロウ、4年生の時の試合で2アウト満塁でフライを取ったときあっただろ」
試合中満塁のピンチにレフトを守っていた私はセンターを守っている大柄の友人と同じフライを追いかけ、私がボールを取った瞬間友人の体とぶつかり、私は吹き飛ばされてしまいました。
「お前がたちあがって、グローブにキャッチしていたボールを高く掲げただろ。あの時と同じ位今日は格好良かったぞ。」
そして騎馬戦で私と対戦した友人には
「胸を張れ。勝負は運もあるから。負けは仕方ない。2人で戦って良い大将戦になったんだからいいんだ。次のリレー頑張れ」
次のリレーでも同じ組で私と友人は対戦し、友人が1着で私は2着でした。
コーチから教わった 「指導する人間」の姿勢は、とにかく「良く見ている」ということです。
誰にも自分は見られていない、興味を持たれていない、という意識の中で頑張れる人間はいないと思います。 逆に言えば誰か一人でも自分を見てくれている、自分に興味を持ってくれている、
という安心感があれば、辛い状況になったとしてもなんとか頑張れるのではないかと思います。
「自分を応援してくれる人の為に、頑張ろう」「期待に応えたい」「辛いから投げ出したい、でも見てくれているひとを残念がらせたくない、もうひと踏ん張りしよう」
こうした気持ちの中で、子供たちが成長していくための土台は作られていくのではないでしょうか。
私も 学生時代に途中でもう全部投げ出したい、とか、その場限りの非常に投げやりな行動をとってしまいたくなる場面も多々ありましたが、最後に踏みとどまれたのは、やはり自分に期待してくれていた人達に申し訳ないよな、という気持ちが大きかったです。
もちろん 自分を良く見てくれていた大人としてコーチのことも思い出しました。
「やっぱり ここで踏ん張って我慢しよう。最後までやりきろう。」という気持ちを作る為のモチベーションとして、見てもらっていたことは大きかったと思います。
逆に個人的なことのみをモチベーションにするのは限界があると思います。
今年楽天の田中将大投手が 開幕22連勝という大記録を作りましたが、印象的だったのが、記者に記録の事を聞かれた時の受け答えが毎回同じだったことです
「記録は気にしていない。チームの優勝が目標です」
きっと本当なんだと思います。もし記録を気にしていたら、力んでしまう場面もあったと思いますが、田中選手は「チームの初優勝」という球団の悲願、個人的な記録よりも視点の高い目標を
常に掲げていたため、 記録に関しては無欲に、力むことなく実力を発揮出来たんではないかと思います。記録に関してはおまけで、気付いたら達成していたということなんでしょう。
そういった考え方に彼が至ることが出来たのも、家族、星野監督、コーチやチームメイト、球団関係者、多くのファンに「見られて」「期待され」「支えられて」
というのが大きいのではないかと思います。
そしてなにより彼をプロ入りで最初に指導した「野村監督」抜きには、今の田中将大という大投手は存在してないのではないかと、個人的には思います。
「チームの為にを第一に考えられる投手だけが本物のエースになれる」というのは野村さんの考えの中で大きな柱の一つです。
そして野村監督がマスコミ相手にどれだけマー君の話をしていたか、ということを考えると、普段からどれだけ「期待」をして「目をかけていたか」ということは想像に難くありません。
田中投手の中で、「野村さんに立派な姿をみせたい」「期待してもらった恩返しをしたい」という気持ちは、日々彼の背中を押していることでしょう。
やっぱり 誰かに「見てもらっていた」「期待されていた」という経験は何物にも代えがたい財産になるのだと思います。 両親もそうですが、学校の先生や部活や少年団のコーチでもいいし、
塾の先生でもいいです。 だれかが常に自分のことを見ている気にしているという後押しは子供が成長するためには絶対に必要な要件なのだと思います。
駿英ゼミナールもやはり今後も今まで通り、 子供が嫌がっていたとしても面談は組むし、一緒に目標設定もしますし、逃げようとする子は捕まえてでも、しつこく かまっていこうと、なお一層決意を新たにします。嫌がられても、運動会も見に行きます。(笑&本気)
自分の小学生以降のことを考えて、次に出てくる先生は 高校3年の時の担任の新海先生という 個人的にとても恩のある、非常に懐の深い良い先生でしたが、長くなってしまうので、また別の時に書こうと思います。
今回これはバトンなので、次の人を指名します。
ちょうど先日の土曜日の授業後夜に卒業生の男子2人が塾に顔を出しました。
中に入る勇気がないらしく自転車置き場で 不審者のようにウロウロする二人(実は今回が初めてでなく月1くらいは来ています)
ウロウロするだけではなく話し声も聞こえます。いつものように「不審者がいるから警察に通報するぞ」と言いに行ったところ、山本先生と話をしているところでした。毎回毎回山本先生のいない時に
来ていた二人だったので、やっと会えたということだったのでしょう。1時間以上立ち話をしていました。
受験生の頃は毎週山本先生につかまり説教を食らっていた二人だったので、談笑している姿も叱られているようにしか見えませんでしたね。
受験生の頃は山本先生から逃げ回っていた二人なのに、今や逆にわざわざ覗きに来て、いるかどうか探しにくるんだから不思議ですよね。
さて、そんな山本先生ですが、過去どんな「先生」との出会いがあったのでしょうか。 期待しつつバトンまわします。お願いします。
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